経営戦略を実現するための人事戦略とは
企業の成長と成功の鍵は、優れた経営戦略にあります。しかし、その戦略を実現するためには、人事戦略との緊密な連携を欠かすことはできません。
経営戦略と連動した人事戦略を策定するためには、自社が置かれている経営環境や社内の状況などを押さえておく必要があります。
本コラムでは、変化が急激な時代において、人事部門が経営層から期待される役割と、経営戦略を達成するために人事戦略を策定するメリットや、押さえておくべきポイントをご紹介します。
自社、自職場にあった人材育成とは何か?
人手不足、働き方改革、多様な働き方の広がりなど組織内の状況が大きく変化している中で、改めて人材育成を考え直す組織が増えています。そこで今回は、人材育成について整理して、再検討するための情報をご案内します。
また合わせて、昨今注目されている人材育成手法:1on1ミーティングについて、実践者の声も交えてご紹介します。
※「1on1ミーティング」は、ヤフー株式会社の登録商標または商標です。
なぜ、企業は人材育成をするのでしょうか。
そんなこと考えたこともないなという方もいらっしゃるかもしれません。
経営学的には、人材育成は「組織が戦略を達成するため、あるいは組織・事業を存続させる」目的のために行うこととされています。※1
ですから、人材育成は人を育成することがそのものが目的なのではなく、自社の戦略遂行や事業を推進する助けになるものかどうかが大事なポイントになります。現状、あるいはこれからの組織の戦略達成や事業存続に貢献していない場合は、見直しを検討する必要が出てきます。組織課題、人員構成を含めた人材上の課題は、百社百様です。ですから、多くの企業でやっている人材育成施策が必ずしもわが社にフィットし、効果があるとは限りません。人材育成の施策を見直す、あるいは導入する際は、その施策がわが社の経営活動に役に立つかということを問う必要があります。
※1 中原 淳「研修開発入門」(2014)ダイヤモンド社
人材育成というと、「研修」を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、それだけではありません。組織が行う人材育成を大きく分類すると4つになります。
一般的には、社内に講師を招いて行う集合研修や、外部組織が主催するセミナーや講座に参加することで能力開発を行うものです。
この方法を活用するメリット:
狭義では、職場で1対1で指導を行うことを指します。経験を積んだ上位者が新入社員や若手に対して必要な知識やスキルを移転する行為がOJTとされてきました。
しかしながら、仕事上の経験を通して能力開発がなされることが多いことから、単に知識・スキルの移転ということだけではなく、個人が経験から学ぶことや問題解決を支援する行為として捉える必要があります。※2
この方法を活用するメリット:
※2 参考書籍 中原 淳編(2017)「人材開発研究大全」 東京大学出版会
本人がステップアップするため自主的に能力開発、スキルや専門的知識などを身に着けるといった自分磨きをすることです。具体的な例をあげると、本を読む、セミナーや講座に参加する。キャリアアップするために資格を取る勉強をする。など学習方法はさまざまありますが、Off-JTとの違いは、自分のビジョンやキャリアに向けて進むために、自分の意志で取り組むということです。
この方法のメリット:
忘れられがちですが、組織の人材育成において大事になるのが制度・仕組みです。
「人材育成の制度・仕組み」と硬い表現を使うとピンとこないかもしれませんが、例えば目標管理や人事評価制度を指します。
現在は人材の流動化が激しいので、組織にとって必要な人材を育てることと同時に、育てた人材がモチベーションを維持し、定着してもらうことが重要になっています。
わが社にとって必要な人材が適切に評価され、一人一人が会社に愛着を持ち、仕事を通して自分も成長し、組織に貢献していきたいという気持ちを持てる土台作りが長期的な組織の基盤を作ります。
最近注目されている制度・仕組みは、「1on1ミーティング」という上司と部下が1対1で行う対話です。
ヤフー社が導入して、その取り組みを紹介した書籍「ヤフーの1on1 –部下を成長させるコミュニケーションの技法」が出版され、日本でも広く知られるようにしました。
1on1については、また後ほど詳しくご紹介します。
人材育成を4つに分類してご紹介しましたが、それぞれが独立したものではありません。各社それぞれの価値観や育てたい人材像があるはずです。4つに分類される、わが社の人材育成方法・施策がわが社の価値観や求められる人材を育成するのに効果的であるかどうかを定期的に点検する必要があります。
例えば、「新しい価値を生み出すために、現状に満足することなく、失敗を恐れずチャレンジする」人材を育てていこうという育成方針を掲げて、イノベーション創出のための研修プログラムを開催しているが、人事評価制度は減点主義のまま。職場で若手が新しい提案を上司にしても「前例がないからなあ…難しいんじゃないか」と請け合ってもらえない。など人材育成の施策が不整合を起こしてしまうケースがあります。これでは、いくら人材育成方針を掲げても、組織として育成することができません。
また人材育成方針そのものも、外部環境の変化や経営方針の変更に合わせて変化するものです。昨今は労働人口の減少や働き方改革の流れもあり、これまでの人材育成施策の大幅な見直しが求められています。自社にあった人材が継続的に育成され、定着するためにも定期的に人材育成施策・方法について包括的に点検することをお勧めします。
ここまで人材育成の分類についてご紹介してきましたが、このあとは人材育成の実践に役立つ方法として今注目されている「1on1」についてご案内していきます。
上司と部下が定期的に1対1で対話する「1on1ミーティング」は、忙しい職場においては非効率に思えますが、なぜ注目されているのでしょうか。その背景には、働く人々の価値観や働き方が多様になるにつれ、マネジメントのあり方を見直す必要が出てきたことがあります。また、労働力不足や働き方改革の波が押し寄せる中、限られた人数と時間で、これまでよりも高い成果を上げることも期待されています。
「マネジメントをする上で、一番の悩みは何ですか」と管理職の方にお聞きすると、その回答の多くは、部下育成にまつわることです。
・指示には応えるが、部下自身が考えて、自発的に行動しない
・部下にちょっと厳しく指摘すると、すぐ委縮してしまう
・仕事に対する価値観が自分と部下とでは違っていて、どのように動機づけしたら良いか分からない
いま管理職に求められるのは、部下一人ひとりの価値観や状況を把握し、各人がやりがいを持ち、成長を感じられるような関わりをすることです。それを実践する上で、役立つのが今回ご紹介する1on1ミーティングです。
1on1という単語は、雑誌やマネジメントに関する書籍などで目にしたことがあるかもしれません。英和辞書をひくと「1対1」という意味が書かれていますが、人材開発の分野では「部下育成のために上司と部下が定期的に行う対話」をさして用いられています。
もう少し詳しく解説すると…
上司と部下が1対1で対話をする場を設け、部下自身が自分の経験を通して学習し、成長していくことを上司がサポートするもの。定期的に行うことで、上司と部下の信頼関係を構築していくことができる。
1on1(ミーティング)、この言葉を初めて目にした時、素朴な疑問が私の頭に浮びました。「Man To Man(マンツーマン)じゃなく、1on1 (ワンオンワン) なの? マンツーマンと何が違うんだろう」という疑問です。
調べてみたところ、日本では、マンツーマンという言葉は「面と向かって、1対1で」という意味で使われますが、英語ではそういった意味合いを持たせる場合、1on1を用いるのだそうです。ちなみに英語でMan To Manと使うと「率直に、正直に、腹を割って」という意味合いになるそうなので使い方に気を付ける必要がありますね。
日本で1on1が注目されるきっかけになったのは、ヤフー社が導入して話題になったことです。同社では、組織力の向上を目的として2012年に開始。役員も含め全社で継続的に活用しています。
ヤフーでの取り組みを紹介した、本間浩輔著『ヤフーの1on1』によると、ヤフー社では原則として週に1度、30分程度をかけて上司と部・「1on1ミーティング」は、ヤフー株式会社の登録商標または商標です。下が1対1で面談を行っています。
職場のメンバーと週1度面談というのは多いと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、
その頻度は導入している組織によってまちまちです。しかしながら、最低でも月に1回は実施したほうが効果的であるとされます。
そして、1on1の特徴は2つあります。
一方1on1は、上司が部下に言いたいことを伝える場ではありません。部下が気兼ねなく、十分に話ができるように、上司はカウンセラーのように部下の話を聞くということを大事にします。
上司がそういった姿勢で関わることで、部下は上司が自分に関心を持ってくれていると感じることができ、現在の業務でつまずいていることや、関心事を上司に相談できるようになります。
部下の状況が分かれば、上司は部下にとって適切なタイミングで、適切なサポートをすることが可能になります。
ここまで1on1についての概要について説明してきましたが、ここからは実際に1on1を職場で活用している管理職とその部下が感じている効果について触れていきたいと思います。
ヒアリングは、弊社の営業部門で自発的にチーム内で1on1を半年前から活用している社員に行いました。聞き取りをした中で共通していたことは、主に3点でした。
1対1で対話する回数を増やすことが、信頼関係づくりにつながります。心理学用語では、「単純接触効果」と表現されますが「接する機会が多ければ多いほど、相手に好感を抱きやすくなる」心理現象があります。対話を重ねていくことで、親近感がわき、信頼関係も構築しやすくなります。
実際に1on1を取り入れている営業チームにヒアリングしたところ、実施前と比較して、上司との関係に変化がみられたと答えてくれました。
部下の声
“普段は上司は忙しいですし、業務以外のことでほとんど話をすることがありませんでした。初めての面談では、上司が自分の誕生日や出身や家族のことを聞いてくれたんです。上司が自分に興味をもって聞いてくれるのがすごく嬉しかったです。それに上司に自分から相談することはほとんどなかったんですが、1on1をするようになってから自分から相談しやすくなりました。”
上司の声
“一人ひとりと定期的に話すようになって、部下の習熟度や強みがよく分かるようになりました。そのため、お客様ごとに最適な営業担当を決めることができて、顧客満足度も高められたように思います。また、部下と定期的に対話することで、どういったところでつまづきやすいかということも分かるようになりました。そういったことを部下と率直に話し合えるようになったことで、部下との心理的距離が近くなったように感じます。”
1on1を繰り返しているうちに「受け身だった部下が自分で考え、自発的に行動するようになった」という声も多くありました。
人がやる気になる(自発的な姿勢を持つ)には、3つの基本的欲求が満たされることが必要といわれています。
1on1ミーティングを通じて、上司と部下が一人ひとりに向き合うこと、できていることをこまめに褒め、部下の内省を深める関わりを積み重ねることができます。
対話を繰り返していくことで①~③の欲求を満たす関わりを築き、部下の主体性を伸ばすことができます。
ある20代の部下の事例です。本人はいつもタスクの締め切りが守れないことに課題を感じていました。しかし、何を改善すればよいのかはっきり理解していませんでした。しかし、対話を重ねることである時、自分自身の課題が腹落ちしました。タスクごとの完了の定義が曖昧なまま進めていたこと、完了までの仕事の段取りやスケジュールを立てていなかったことなどです。上司からすると、何度も本人に話をしていたことでしたが、部下にとっては、対話を通してはじめて「腹落ち」したようでした。周りからいくら言われても、本人が自分事として捉えないと行動は改善できません。対話を通して、部下自身が「気づく」という過程が大事だったようです。
ここまで1on1の概要や効果についてご紹介してきました。
職場で試してみたいなと思われた管理職の方もいらっしゃるのではないでしょうか。はじめは、部下全員と毎週時間をとって1on1をするのを負担に感じるかもしれません。しかしながら、部下の成熟度に合わせて成長を支援することで、一人ひとりの能力が高まり、職場において信頼関係を築くための助けになるのなら一考の価値があるのではないでしょうか。
実際に活用してみたいと思われた方には、以下の参考書籍がお勧めです。
『ヤフーの1on1ミーティング』 本間浩輔 ダイヤモンド社 2017年
『シリコンバレー式 最強の育て方』 世古詞一 かんき出版 2017年
人材育成は、人を育てることそのものは目的ではありません。
冒頭にふれたように、組織が持続的に成長するために役に立つことが目的です。組織を取り巻く環境が大きく変化している中で、自社が市場で優位性を発揮し続けるためには、組織にも変革が必要です。その成長・変革に貢献することが人材育成の目的です。そのため、10年、20年で続けている人材育成施策も組織の成長に役に立っていない場合は、見直す必要があります。
最近では、人材育成の手法そして新しい施策を検討する場合もには「多くの企業で導入して効果がありそうだから導入する」ということではなく、自組織の成長に貢献するのかという観点は忘れないようにすることが大切です。
今回は、部下育成に悩む人事部門や職場のマネジメントを担う、多くの管理職の方の一助となればと思い、1on1ミーティングをご紹介しました。効果的な運用方法は参考書籍にも載っていますが、必ずしも形式が決まっているわけではありません。自組織、あるいは自職場で活用する場合は、どのように運用するのが、効果的かを模索をしながら進めていくことをお勧めします。
管理者の役割・責務への理解、チームマネジメント能力の向上を図り、職場の活性化に必要な考え方を学習。プレイングマネジャーに不可欠なベーシックマネジメントを習得します。
組織開発や人材開発の最新の情報やソリューションのご案内をお送りしています。
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経営戦略と連動した人事戦略を策定するためには、自社が置かれている経営環境や社内の状況などを押さえておく必要があります。
本コラムでは、変化が急激な時代において、人事部門が経営層から期待される役割と、経営戦略を達成するために人事戦略を策定するメリットや、押さえておくべきポイントをご紹介します。
ビジネスを取り巻く環境が、これまで以上に急速に、複雑に変化する時代を迎えています。将来を担う「次世代リーダー」(経営幹部候補者)に求められる力も変化しているのではないでしょうか。
これからのリーダーとなる人材が身につけるべき能力として注目しておきたいのが「ラーニングアジリティ」です。激しい変化や経験のない状況に対して、素早く、柔軟に適応し組織を導くリーダーには欠かすことのできない力といえます。
このコラムでは、「ラーニングアジリティ」について解説し、向上するためのポイントをご紹介します。
ビジネスにおけるエンゲージメントとは、従業員と企業の関係性を表す言葉であり、エンゲージメントが高いということは、従業員と企業が結束し互いに高め合える対等な関係、状態のことを指します。
エンゲージメントを高めることは、従業員にとっても企業にとっても双方に大きなメリットがあり、今後永続する企業を目指す上で欠かすことのできない課題となっています。